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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7523号 判決

原告 及川雅典

〈ほか二名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 石田省三郎

日本電信電話公社訴訟承継人

被告 日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役 山口開生

右訴訟代理人支配人 神林留雄

右指定代理人 寳金敏明

〈ほか九名〉

主文

一  原告及川と被告間で、被告が原告及川に対し昭和五三年六月一六日付けでした戒告の懲戒処分が無効であることを確認する。

二  原告横沢と被告間で、被告が原告横沢に対し昭和五三年六月一六日付けでした一月間日本電信電話公社職員就業規則第六五条に定める基本給等の一〇分の一を減ずる旨の懲戒処分が無効であることを確認する。

三  被告は原告及川に対し、金四四八二円及びうち金二二四一円に対する昭和五三年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は原告横沢に対し、金九一九八円及び金四五九九円に対する昭和五三年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告鏡の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、被告に生じた費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余は原告鏡の負担とし、原告及川及び原告横沢に生じた費用は被告の負担とし、原告鏡に生じた費用は同原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文一ないし四項と同旨。

2  原告鏡と被告間で、被告が原告鏡に対し昭和五三年六月一六日付けでした戒告の懲戒処分が無効であることを確認する。

3  被告は原告鏡に対し、金九一一四円及びうち金四五五七円に対する昭和五三年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  金員支払部分につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  日本電信電話公社(以下「公社」という。)は、公衆電気通信業務及びこれに付帯する業務等を行うため日本電信電話公社(以下「公社法」という。)に基づき設立された公法上の法人であったが、日本電信電話株式会社法に基づき、昭和六〇年四月一日、被告成立と同時に解散し、その一切の権利及び義務が被告に承継された。なお、被告成立のときに公社職員であった者で、同法により被告の職員となった者が公社法三三条に基づき受けた懲戒処分については、日本電信電話株式会社法附則一二条四項により、なお従前の例によるものとされている。

2  原告らは、いずれも公社の職員であった者で、昭和五三年当時、原告及川は東京市外電話局(以下「東京市外局」という。)電力部第四電力課に、原告鏡は神田電話局(以下「神田局」という。)第二局内保全課(以下「第二保全課」という。)に、原告横沢は中山電報電話局(以下「中山局」という。)電報課に、それぞれ勤務していた者である。

なお、原告らは、いずれも昭和六〇年四月一日、日本電信電話株式会社法に基づき、被告の職員となった。

3(一)(1) 原告及川は、昭和五三年五月一九日(以下年の記載のない日付は昭和五三年をさす。)、公社に対し、同月二〇日につき年次有給休暇(以下単に「年休」という。)の時季指定を行い、同日勤務をしなかった。

(2) すなわち、公社においては、年休の時季指定の方法は労働協約、就業規則等には定められておらず、職場の慣行に委ねられていたところ、原告及川の職場においては、(1)直属の係長ないしは課長に自ら又は同僚等を介して口頭で時季指定をする、(2)「年次休暇記録簿」に記入する、(3)第四電力課事務室課長席横の小黒板に時季指定の趣旨を記載するという方法によっており、原告及川は、五月一九日午前一一時三〇分ころ、第四電力課久保木政幸工事係長(以下「久保木係長」という。)に対し(藤田洋第四電力課長(以下「藤田課長」という。)は当日年休を取得していて不在であった。)、同月二〇日に一日の年休をとる旨告げて時季指定を行った。さらに、原告及川は、第四電力課事務室内の、同原告用の年次休暇記録簿に同月二〇日一日年休の旨を記載して押印し、課長席横の小黒板及び「勤務割表」にも右年休の時季指定の趣旨を記載した。なお、右時季指定の意思は、五月一九日午後に第四電力課に巡回に来た伊沢電力部長によっても了知されている。

(二) 原告鏡は、五月一八日ころ、公社に対し、同月一九日につき年休の時季指定を行い、同日勤務をしなかった。

(三) 原告横沢は、五月九日、公社に対し、同月一九日につき年休の時季指定を行い、同日勤務をしなかった。

(四) 右各年休の時季指定(以下「本件時季指定」という。)は、いずれも原告らが当該年度に有していた年休の日数の範囲内でされたものである。

4  公社は、六月一六日、原告らがいずれも本件時季指定にかかる日に無断欠勤をしたという理由で、公社法三三条に基づき、原告及川及び鏡に対して戒告の、原告横沢に対して一月間日本電信電話公社職員就業規則(以下「就業規則」という。)第六五条に定める基本給等の一〇分の一を減ずる旨の各懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を行った。また、公社は、原告らが本来受給すべき昭和五三年六月分の賃金から右欠勤分として、原告及川について二二四一円、原告鏡について四五五七円、原告横沢について四五九九円をそれぞれ控除した(以下この控除したことを「本件賃金カット」という。)。

5  しかし、原告らは、いずれも本件時季指定により適法に年休を取得したものであって、無断欠勤をしたものではないから、本件懲戒処分は無効であり、本件賃金カットは違法である。

6  よって、原告らは被告に対し、本件懲戒処分の無効確認並びに本件賃金カット分の未払賃金及びこれと同額の附加金の合計として原告及川は四四八二円、原告鏡は九一一四円、原告横沢は九一九八円とうち各未払賃金分に対する昭和五三年八月一一日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び4は認める。

2  同3(一)(1)は、そのうち原告及川が五月二〇日の勤務を欠いたことを認め、その余は否認する。同(2)は、そのうち公社において年休の時季指定の方法についての定めがなく職場の慣行に委ねられていたこと、原告及川の職場において(1)ないし(3)の方法によっていたことは否認し、その余は認める。

3  請求原因3(二)、(三)及び(四)は認める。

4  請求原因5は争う。

三  抗弁

1  原告及川関係

(一) 原告及川は、五月二〇日について年休の時季指定を行ったとしても、以下のとおり、右時季指定は無効であるか、そうでないとしても公社が適法な時季変更権を行使したにもかかわらず、同日の勤務を欠いた。

原告及川の右欠勤は、就業規則五条一項の「職員は、みだりに欠勤……してはならない。」との規定に違反するから、就業規則五九条一八号の「第五条の規定に違反したとき」との懲戒事由に該当し、また、右無断欠勤により業務に支障をきたしたのであるから、同条二号の「職務を尽くさず、または職務を怠り、よって業務に支障をきたしたとき」との懲戒事由に該当し、さらに、同条一号の「公社法または公社の業務上の規程に違反したとき」との懲戒事由に該当する。そこで、公社は、原告及川に対し、公社法三三条に基づきその裁量権の範囲内で請求原因4記載のとおり懲戒処分をし、賃金カットをした。

(二) 原告及川は、次のとおり、五月二〇日について、適法な時季指定を行っていない。

(1) 公社においては、「休暇の時季を指定するときは……『年次休暇記録簿』に必要事項を記入のうえ、所属長に提出する。」と職員局長の職員の勤務時間、週休日及び休暇に関する部内一般長宛実施通達(電職一号、以下「職員局長通達」という。なお、この通達の別表は、所属長とは管理者である直近の上長である旨明らかにしている。)で定め、この所属長に直接時季指定をするという手続きは、第四電力課においても確固とした手続規範として定着していた。また、年休の時季指定の時期については、交替勤務者については、前々日の勤務終了時までに行うことと、公社と全国電気通信労働組合(以下「全電通」という。)との労働協約、就業規則及び職員局長通達で定められていた。

(2) さらに、昭和五三年五月当時、公社の東京電気通信局管内の電気通信施設の保守担当部門は後(三)アのとおり特別保守体制Ⅱ下にあった。そして、第四電力課においても、五月一五日、一六日、一八日の始業前のミーティングにおいて、原告及川を含む職員に対し、なるべく年休の取得は控えるよう、どうしても年休の時季指定をする場合には課長(課長不在のときは第一電力課長又は電力部長)に行うよう、それぞれ、指示されており、原告及川も五月一八日のミーティングの記録担当者としてこのことを知悉していた。

(3) しかるに、原告及川は、五月一九日午前一一時三〇分ころ、久保木係長に対し、「五月二〇日に年休をとりたい」と申し出たが、久保木係長から第一電力課長か伊沢章夫電力部長(以下「伊沢部長」という。)に直接年休の時季指定をするよう伝えられたのに、この指示を無視し、年休記録簿に所定の記入をしたが、久保木係長に提出することもなく、事務室の机上に放置したまま、課長席横の小黒板に「五月二〇日一日年休及川」と記載して帰宅した。

(4) 原告及川は、前記(1)及び(2)の公社における年休の時季指定の手続を知悉しており、しかも、この手続によって年休の時季指定を行うことは可能であったのであるから、前記(3)のような方法による時季指定は適法なものとはいえない。また、久保木係長が原告及川が五月二〇日の年休時季指定を行った旨を藤田課長に伝えるため同課長の机上に置いた右の趣旨を記載したメモを伊沢電力部長がたまたま発見したが、これは結果論であって、これによって、同部長に対し年休の時季指定がされたと解することも相当でない。

(三) 適法な時季変更権の行使

(1) 時季変更権の行使

五月一九日午後二時五〇分ころ、第四電力課事務室に立ち寄った伊沢部長は、藤田課長の机上に原告及川が翌二〇日について年休の時季指定を行った旨を記載した久保木係長作成のメモがあるのを見付け、久保木係長から、原告及川の年休時季指定の経緯と共に予備エンジンが不調であるとの報告を受けた。そこで、伊沢部長は、翌二〇日に予備エンジンの調査、修理を行うこととし、休暇中の藤田課長と連絡をとったところ、原告及川が欠ければ翌二〇日の業務の遂行は困難である旨及び原告及川には電報を打つ以外に連絡方法はない旨の報告を受けたので、原告及川に特別の事情がないかぎり、翌二〇日に出勤して、予備エンジンの調査、修理等の所定の作業に従事させる必要があるものと判断し、五月一九日午後五時三〇分ころ及び翌二〇日午前四時二〇分ころの二回にわたり、原告及川宛に「二〇日の勤務につき至急連絡されたし」とそれぞれ打電した。しかるに、原告及川は、二〇日の同人が出勤すべき時刻の午前八時三〇分を過ぎても出勤せず、なんらの連絡もしなかったので、藤田課長は、さらに同日午前九時四〇分ころ、原告及川宛に「直ちに出勤されたし」との電報を打った。

以上の経過のもとでは、右の三通の電報を原告及川宛に打電したこととは全体として時季変更権の行使に当たる。

(2) 東京市外局及び第四電力課の業務

東京市外局は、東京、関東、信越地方及び東海地方の一部にかかる電話通信を管轄すると共に、全国八地方の総括局との間のダイヤル市外通話の中継等を行う最大級の電話局である。その庁舎は、旧局庁舎と新局庁舎に分かれ、そのうち旧局庁舎は、東京市外局の手動交換部門(ア 東京二三区からの一〇〇番通話の取扱い イ 東京二三区からの市外電話番号案内の取扱い ウ 列車通話及び待時通話の取扱い等をその業務としている。)と東京電話番号案内局が使用している。

原告及川が属する第四電力課は、旧局庁舎を担当しており、その業務は、ア 旧局庁舎内の公社機関に対する電力の供給、具体的には、特別高圧受電装置、各種通信用電源装置、蓄電池、予備電源装置(予備エンジン)等の運転、監視及び保守作業 イ 旧局庁舎の空調作業、具体的には、ボイラー、冷凍機、空調付属機器等の運転、監視及び保守作業からなっている。

(3) 第四電力課の人員構成、勤務体制及び原告及川の担務

第四電力課は、五月当時、課長一名、電力係長一名、工事係長二名、工事主任四名、社員一〇名の合計一八名で構成されていた。そのうち課長、係長三名及び社員のうち二名の合計六名は、常日勤勤務(平日(月曜日から金曜日までをいう。以下同じ。)は午前八時三〇分から午後五時一〇分まで、土曜日は午前八時三〇分から正午までそれぞれ勤務する。)であるが、他の一二名は、六名ずつ電力担当と空調担当の二グループに分かれ、それぞれ、六日単位で、日勤勤務(午前八時三〇分から午後五時一〇分まで勤務する。)、日勤勤務、日勤勤務、宿直勤務(午後三時五〇分から午前〇時まで勤務する。)、宿明勤務(午前〇時から午前九時一〇分まで勤務する。)及び週休を繰り返す六輪番勤務による二四時間勤務体制をとっていた。

原告及川は、六輪番制勤務者の一人であり、五月当時、電力担当として、特別高圧受電装置、各種通信用電源装置、蓄電池、予備電源装置(予備エンジン)等の運転、監視及び保守作業に従事していた。

(4) 事業の正常な運営を妨げる事情の存在

ア 本件年休の時季指定があった当時は、新東京国際空港(以下「成田空港」という。)の開港を五月二〇日に控え、いわゆる空港反対派により、三月二六日に成田空港の管制塔の設備が破壊され、同月三一日千葉県内の市外電話回線が切断されたことに鑑み、公社では、五月一三日から二一日までの間、特別保守体制Ⅱという特別体制を敷き、所管内電気通信設備の監視体制の強化及び災害復旧用機器の整備点検を指示していた。

なお、特別保守体制Ⅱとは、選挙、国際的行事等の社会的に重要な行事に関する通信を確保する必要がある場合の体制であり、通信設備の監視点検等の強化を行い、通信サービスに支障のないよう特別に配意するものである。

イ 特別保守体制Ⅱの下にあった五月一九日に予備エンジンの不調が発見された。

予備エンジンは、商用電源が途絶えた場合に、自家発電を行って電力を供給するためのものであり、商用電源が途絶えた場合に予備エンジンが始動しなければ、旧局庁舎内の手動交換設備一切がその機能を喪失し、旧局庁舎における業務の遂行はすべて不可能となる(なお、蓄電池による電力の供給は、一時的なものにすぎない。)。そのため、予備エンジンの不調が発見された場合には、緊急かつ迅速に故障の原因を究明し、修理を行う必要があった。

しかし五月一九日は、藤田課長が不在であり、勤務時間も残り少なかったため、翌二〇日に予備エンジンの不良箇所の探索及び修理を行うこととした。

ウ ところで、五月二〇日の第四電力課の日勤予定者は、電力担当三名と空調担当三名であったところ、電力担当においては、予備エンジンの調査及び修理に四名、常時の監視作業に一名、二〇分の平常業務に一名の人員を必要とするものと見込まれ、原告及川を含む電力担当の出勤予定者全員が出勤してもなお人員が不足した。また、空調担当においては、自記記録計の用紙取替及び発信器の水の補給等の定期作業(二時間)に二名、平常業務(三〇分)に二名、常時の監視作業に一名の人員が必要と見込まれていたため、空調担当からの応援を求めるのも限度があった。したがって、原告及川が二〇日にその勤務を欠けば、第四電力課の当日の業務遂行に重大な支障を及ぼすおそれがあった。

(5) 五月二〇日における業務上の支障の存在

五月二〇日には、藤田課長は、予備エンジンの不調原因の捜索を優先させ、定期作業はその後に実施する旨の作業手順を指示し、電力担当一名及び空調担当二名とともに自らが予備エンジンの調査及び修理に当たった。

このように、空調担当二名が本来の業務を差し置いて予備エンジンの調査、修理にかかったうえ、本来職員の管理、監督の任に当たるべき藤田課長自らが予備エンジンの修理に従事せざるを得なかったことは、異例のことであり、このことは及川の年休時季指定について事業の正常な運営が妨げられる事情が存したことの証左である。

2  原告鏡関係

(一) 公社は、原告鏡の五月一九日の年休時季指定に対し、以下のとおり、適法に時季変更権を行使した。原告鏡は、それにもかかわらず、同日に欠勤した。

原告鏡の右欠勤は、就業規則五条一項の「職員は、みだりに欠勤……してはならない。」との規定に違反するから、就業規則五九条一八号の「第五条の規定に違反したとき」との懲戒事由に該当し、右無断欠勤により業務に支障をきたしたのであるから、同条二号の「職務を尽くさず、または職務を怠り、よって業務に支障をきたしたとき」との懲戒事由に該当し、さらに、同条一号の「公社法または公社の業務上の規程に違反したとき」との懲戒事由に該当する。

そこで、公社は、原告鏡に対し、公社法三三条に基づきその裁量権の範囲内で請求原因4記載のとおり懲戒処分をなし、賃金カットをした。

(二) 時季変更権の行使

神田局第二保全課長赤塚好夫(以下「赤塚課長」という。)は、原告鏡が五月一八日に年休の時季指定を行ったのに対し、翌一九日は業務がふくそうしている旨具体的に説明し、真にやむをえない理由のものでないなら年休を他の日に振り替えて貰いたい旨説得したが、原告鏡はこれを拒否した。赤塚課長は、さらに、その後数回にわたり、直接あるいは電話で翌一九日に出勤するよう協力を求めたが原告鏡がこれを拒否したので、同日午後七時三〇分ころ、電話で、翌日は時季を変更して出勤してほしい旨を業務命令である旨を明らかにして時季変更権を行使した。

(三) 原告鏡の担務

(1) 神田局及び第二保全課の所掌業務

神田局は、電機商、薬品商、服地商等を多く抱えた、JR神田駅、秋葉原駅を含む、ほぼ東西一キロメートル、南北一・五キロメートルにわたる地域の公衆電気通信サービス(電話)を管轄し、この地域内の電話の新規取付、付属電話機等の設置、既設電話設備の故障修理等をその業務としている。

原告鏡が属する第二保全課は、主として電話交換機、電力設備等及び局内電気通信設備機器の保全作業をその業務としている。

(2) 第二保全課の構成人員及び勤務体制

第二保全課は、五月当時、課長一名、主任技術員一名、保全係長三名、工事係長三名、工事主任四名及び社員一四名の合計二六名で構成されていた。

そのうち、課長及び主任技術員を除く二四名が、その担当する職務に応じて、共通担当(一〇名)、クロスバー担当(二名)、DEX担当(四名)、電力担当(三名)及びSO担当(五名)に分かれて課の業務を分担していた。

なお、第二保全課の職員の勤務時間は、全員が平日は午前八時三〇分から午後五時一〇分まで、四週につき一回の土曜日が午前八時三〇分から正午までであり、その余の土曜日と日曜日は週休であった。

(3) 原告鏡の担務

原告鏡は、五月八日から六月一七日までの間は、電力設備機器及び通信用空気調整設備機器の運転及びその保全作業などの業務を担当する電力担当の一員であった。

(四) 事業の正常な運営を妨げる事情の存在

(1) 五月一九日の第二保全課の業務内容

五月一九日に第二保全課電力担当の行うべき業務として、平常業務のほかに、電力設備冠水整備作業及び震災対策実施状況調査という特別業務が予定されていた。

(2) 電力設備冠水整備作業の内容

五月一一日、公社の千代田地区管理部(以下「地区管理部」という。)の第五機械工事課(以下「五機工課」という。)によるターボ冷凍機(電話交換機室に冷気を送り込む装置で、六月ころから運転の予定であった。)の整備作業中、右冷凍機の自動制御装置盤の下にあるトラフ(地下ケーブルが通っている溝)の中に水が流れ込み、トラフ内のケーブルが冠水していることが発見され、翌一二日になってようやく原因が判明し、トラフ内の浸水は食い止められた。この冠水したケーブルは、ターボ冷凍機の制御装置関係のポリエチレンあるいはビニール被覆の各種ケーブル、局舎照明用のCVケーブル、地下水汲み上げ用ポンプの制御盤のアース線等であり、これらが冠水に伴い絶縁不良状態に陥っていれば関係機器をその用に供することは不可能となり、神田局の業務遂行上重大な影響を与えるおそれがあった。そのため、地区管理部電力課長桑原忠雄は、同月一五日、赤塚課長に対し、冠水したケーブルの全数について絶縁試験を行うよう指示し、これを受けて赤塚課長は、翌一六日、作業期日は五月一七日から一九日まで、要員は各日とも四名とする計画に基づいて右作業(以下「冠水整備作業」という。)を行うこととしたが、第二保全課の電力担当者でこの任務に当たることができるのは原告鏡と第二保全課工事主任水上晋(以下「水上主任」という。)のみであったため、共通担当から一名を応援させることとしたほか、五機工課から一名の応援を受けることとなった。赤塚課長は、五月一七日、原告鏡を含む職員に対して冠水整備作業の概要を説明し、協力を要請した。

右計画に基づく一八日の絶縁試験中、CVケーブルに絶縁不良と思われる箇所が発見されたため、一八日に終了予定の絶縁試験が一九日までにずれこみ、一九日に神田局庁舎の地下二階から六階までの各階の分電盤で絶縁試験を行い、絶縁不良箇所の探索・究明と是正措置を講じざるを得なくなり、本来予定されていた制御盤内の細部点検及びターボ冷凍機の試運転作業と併せ、業務は一層ふくそうすることが予想された。

なお、第二保全課の電力担当三名のうち、第二保全課第二保全係長根本一二は、五月一九日を目処に完了することを求められていた震災対策実施状況調査を行うことが予定されており、他担当からの応援を求めることも、週休者や年休者もおり、その平常業務量からみて極めて困難であった(月間作業計画に基づき五月一八日、一九日の両日に行うことが予定されていたSTR(静止型信号電源装置)の点検整備作業を翌週に繰り延べざるを得なかったほどである。)。

右の事情下にあった五月一九日に原告鏡に年休を認めれば、冠水整備作業の所要人員四名を欠くにいたり、業務の調整を図ったうえで最低限確保しようとした業務の遂行すら危ぶまれたのであるから、原告鏡が五月一九日に年休を取得することにより事業の正常な運営を妨げるおそれは十分にあった。

(五) 五月一九日における業務運営上の支障

五月一九日には原告鏡が欠勤したため冠水整備作業に支障を生じる事態となったが、第二保全課内では、人員の手当てができなかったため、赤塚課長は、五機工課にもう一名の応援を要請したが、五機工課においても既に各方面への要員配置が決定されていたため、結局、本来は所属職員の管理・監督の任に当たるべき五機工課長の蛭田芳男(以下「蛭田課長という。)が自ら応援に赴くという異例の措置を執らざるを得なかった。その結果、冠水整備作業は、ほぼ予定通り完了したものの、原告鏡の欠勤は、第二保全課のみならず五機工課の業務にも多大の影響を及ぼした。

このことからも、原告鏡の本件年休時季指定について事業の正常な運営を妨げる事情が存したことが窺える。

3  原告横沢関係

(一) 公社は、原告横沢の五月一九日の年休時季指定に対し、以下のとおり、適法に時季変更権を行使し、同日の出勤を命じた。原告横沢は、それにもかかわらず、同日に欠勤した。

原告横沢の右欠勤は、就業規則五条一項の「職員は、みだりに欠勤……してはならない。」との規定に違反するから、就業規則五九条一八号の「第五条の規程に違反したとき」との懲戒事由に該当し、さらに、同条一号の「公社法または公社の業務上の規定に違反したとき」との懲戒事由に該当する。

そこで、公社は、原告横沢に対し、公社法三三条に基づき裁量権の範囲内で請求原因記載のとおり懲戒処分をし、賃金カットをした。

(二) 時季変更権の行使

中山局電報課長倉木繁雄(以下「倉木課長」という。)は、五月九日に原告横沢が年休の時季指定を行ったのに対し、五月一九日は、新入社員を除いた配置が四名であること等の事情を告げて、年休の時季変更を求めたが、原告横沢がこれに応じなかったので、同月一〇日午前一一時五〇分ころ、原告横沢の時季指定にかかる同月一九日は業務の運営上支障があるので時季変更権を行使する旨伝えたうえ、同月一九日に出勤するよう命じた。

(三) 原告横沢の担務

(1) 中山局電報課の所掌業務

原告横沢の属する中山局電報課は、横浜市緑区及び港北区の各一部の合計約八〇平方キロメートルに及ぶ区域内に宛先を有する着信電報の配達を業務としており、昭和五二年度においては、職員が宛先に持参して直接送り届けた着信電報は三万六五〇〇通であり、配達一回当たりの平均走行距離は一五キロメートルであった。

(2) 電報課の構成人員及び勤務体制

電報課は、五月当時、課長、運用係長及び運用主任各一名、一般職員一一名並びに見習社員二名の合計一六名で構成されており、始終業時間の異なる勤務形態を組み合わせて二四時間の勤務体制をとっていた。すなわち、常態として日勤服務のみを行う固定日勤服務者四名、日勤服務と夜勤服務を一週間毎に交替して行う日夜勤服務者二名、六輪番服務者六名、三輪番服務者三名からなり、日勤帯に六ないし八名、夜勤帯に三名、深夜及び早朝帯に宿直、宿明勤務者各一名を配置し、週休は、四週につき七日を特定の週休日がかたよらぬよう、連続設定も二日を限度とし、適切な日数間隔を設けて付与することとされていた。

(3) 原告横沢の担務

原告横沢は、固定日勤服務に従事する一般職員として、主として電報の配達作業に従事し、配達作業に従事しない時間帯においては、着信検査作業及び配達担当者への交付作業に従事していた。

(四) 事業の正常な運営を妨げる事情の存在

(1) 電報課における業務繁忙

五月一九日は、慶祝電報が多く利用される繁忙期間中であったうえ、翌二〇日が大安の土曜日にあたり結婚式関係の祝電が事前発信で多数着信することが予想され、また、当日は仏滅にあたるので葬儀等の仏事が催される可能性も高く相当数の弔電も予想された。

実際にも、五月一九日に中山局で取り扱った着信電報は合計三八三通と、同月の平常日一日当たりの取扱数の三倍を越え、同月中で最も多い取扱数であった。

(2) 電報課における要員配置状況

中山局電報課において、業務の正常な運営を確保するためには、少なくとも、着信検査作業及び交付作業に専任で一名、配達作業で三名の合計四名が必要であった。

そして、五月一九日の日勤帯の勤務者は、運用係長、原告横沢ほか五名の合計七名が配置されてはいたが、運用係長は、調査統計、課内庶務等の総括的な業務を担当していて、電報配達を行うことはなく、その他のうちの二名は、同年四月一日に採用された新入社員であって、七月までは訓練期間中であるから、いずれも最低配置人員に数えることはできなかった。したがって、五月一九日は、原告横沢を含む四名で着信検査、交付作業及び配達作業を処理する必要があり、いわゆる最低要員配置日であった。

それ故、原告横沢が、同日に年休を取得すれば、電報課の必要最低人員を欠くことになり、電報課の業務の正常な運営を妨げることは明らかである。

(3) 五月一九日における代替勤務者確保の困難性

電報課において、五月一九日に原告横沢の代替勤務者を確保するためには、勤務割を変更する以外に方法はなかったところ、勤務割は、勤務日と週休日が一定の規則性をもって繰り返すよう配列されており、各課員は、この規則性に従って生活の計画を立てており、しかも、電報課においては年休を欠務補充のため勤務割を変更する場合には、勤務割変更命令を受ける課員に年休取得者の事情を伝え、その承諾を得て行うのが慣例であった。

したがって、勤務割の規則性を崩さず、また、右の職場の慣例にも反せずに、原告横沢の代替勤務者確保のため勤務割を変更することは著しく困難であった。

また、原告横沢の本件年休時季指定を認めるためには、五月一九日の週休者にその勤務割を変更して代替勤務を命ずる以外に方法はないところ、そのためには、当該週休者を含めて五名以上の要員が配置されている日勤日が必要であるが、五月一九日前後にはそのような日はなく、いずれにせよ、勤務割を変更して原告横沢の年休時季指定を認めることは事実上不可能であった。

(五) 五月一九日における業務運営上の支障の存在

五月一九日には、倉木課長は、当日の夜勤服務者二名に勤務開始時間前三時間、日勤服務者二名に三時間の時間外勤務を命ずると共に、倉木課長及び運用係長自らも交付作業、着信検査作業に従事して、原告横沢の欠勤による影響を最小限にとどめようとしたが、受け付けてから配達員に交付するまでに一時間以上を要した普通電報の通数が平常時の四倍に達し、さらに、当日予定されていた見習社員に対する「局内中庭における二輪車の運転指導」訓練は、中止を余儀なくされ、事業の正常な運営は著しく妨げられた。また、電報課所掌業務全般についての管理監督を職務とする課長及び係長が一般職員の作業を代行したこと自体、事業の正常な運営が妨げられたことになる。

このことからも、原告横沢の本件年休時季指定について事業の正常な運営が妨げられる事情が存したことは明らかである。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  原告及川関係

(一) 抗弁1(一)のうち、原告及川が五月二〇日に欠勤したこと、就業規則に被告主張のような規定があることを認め、その余は争う。

(二)(1) 抗弁1(二)(1)のうち、被告主張の通達の存在は不知、所属長に直接時季指定をするという手続が第四電力課において確固とした手続規範として定着していたとの事実は否認、年休の時季指定の時期について、交替勤務者については前々日の勤務終了時までに行うことと定めた公社と全電通との労働協約及び就業規則が存在することは認める。

(2) 抗弁1(二)(2)のうち、五月当時、公社の東京電気通信局管内の電気通信施設の保守担当部門が特別保守体制下にあったことは不知。第四電力課において、五月一五日、一六日、一八日の始業前のミーティングにおいて、被告主張のような指示がなされ、原告及川もこのことを知悉していたとの事実は否認する。

なお、第四電力課職員は、五月一五日以降も通常とかわりなく休暇を取得しており、その中には課長や係長も含まれていた。

(3) 抗弁1(二)(3)のうち、原告及川が、久保木係長に年休の時季指定をしたこと及び年休記録簿及び課長席横の小黒板に被告主張のような記載をしたことは認め、その余は否認する。

久保木係長は、原告及川の時季指定に対し、五月二〇日に予定されている人員配置及び業務内容を確認したうえで、「いいでしょう。」と言って、これを受理し、今後時季変更権が行使されない旨言明した。

(4) 抗弁1(二)(4)の主張は争う。

第四電力課においては、請求原因で主張のとおり、種々の年休時季指定の方法が行われており、必ずしも所属長たる課長に直接行うことは要求されていなかった。現に、藤田課長自身、本件後の五月二三日のミーティングにおいて、課長不在時には係長に時季指定を行うよう指示している。また、同僚に課長又は係長に対して時季指定の旨を伝達してもらうという方法は広く行われており、五月二〇日においても、第四電力課職員の雄鹿勇人(以下「雄鹿」という。)が同僚による伝達の方法で行った同日二時間の年休の時季指定は、なんら問題にならず受理されている。

交替勤務者については前々日の勤務終了時までに時季指定を行うことと定めた公社と全電通との労働協約及び就業規則は法的拘束力を有しない。すなわち、右の定めは、交替を要する作業に携わる者同士の申合せ程度の意味をもつものとして運用されており、現実には年休取得当日に電話で同僚に時季指定の伝達を依頼するということも日常普通に行われている。仮に、そうでないとしても、右定めは、時季変更権を行使するか否かの判断をする時間的余裕を使用者に与えるためのものであるから、そもそも、時季変更権が成立しない場合には、時季指定がいつされたかということによってその効力が問題にされることはないところ、本件においては、時季変更権は成立していないから、時季指定が前日の五月一九日にされてもその効力には影響はない。また、公社には、時季変更権を行使する余裕はあったのであるから、その点からも原告及川の時季指定を無効とする理由はない。

(三)(1) 抗弁1(三)(1)の公社が時季変更権を行使したとの主張は争う。

その主張事実のうち、五月一九日午後伊沢部長が久保木係長から原告及川の年休時季指定について報告を受けた事実は認め、その余は不知。もっとも、原告及川の自宅に被告主張のような内容の電報三通は配達されたが、いずれも発信名義人は藤田課長であり、後二通のものは、原告及川が外出したのちに配達されたため、原告及川がこれを見たのは五月二〇日の夜になってからである。

(2) 抗弁1(三)(3)の事実のうち、第四電力課の構成人員が被告主張のとおりであったこと、原告及川が輪番勤務に服し、五月二〇日当時電力担当であったことは認める。第四電力課における勤務体制は完全な六輪番勤務ではなく、空調担当と電力担当の区別も固定的なものではなく二か月交替で入れ替わるのみならず、日常においてもひんぱんに相互応援をする体制であった。

(3) 抗弁1(三)(3)アは不知、イ及びウは第四電力課の五月二〇日の日勤予定者が電力担当三名、空調担当三名であったことを認め、その余は否認する。公社では、電力の供給停止という不測の事態に備えて二重、三重の回避措置を設けており、一か所の重大故障によって電力の供給が全面的に停止するなどということは、ほとんど絶無である。

被告主張の予備エンジンの不調なるものは、自動ターニング装置の不調という軽微なもので、なんら予備エンジンの始動に支障をきたすことはなく、修理までの対応も五月一九日の時点で確認されていた。

(4) 抗弁1(三)(5)は否認する。

仮に、藤田課長が予備エンジンの調査に当たったとしても、電力課において課長自身が現場の作業に従事することはひんぱんに行われており、これによって事業の正常な運営が妨げられたとはいえない。

2  原告鏡関係

(一) 抗弁2(一)のうち、原告鏡が五月一九日に欠勤したこと、就業規則に被告主張のような規定があることを認め、その余は争う。

(二) 抗弁2(二)のうち、原告鏡が本件時季指定を行った際に赤塚課長が五月一九日に業務がふくそうしている旨具体的に説明したとの事実を否認し、その余は認める(ただし、原告鏡が赤塚課長から時季変更権が行使されたことを確認したのは午後八時ころである。)。

(三)(1) 抗弁2(三)(1)のうち、第二保全課の業務として被告が主張する事項中には神田局の上部機関である地区管理部の機械保全課、機械建設課、電力課、第一ないし第五機械工事課が所掌する業務もある。

(2) 抗弁2(三)(2)及び(3)は認める。もっとも、一〇月一日以降第二保全課の人員は二名減員されている。

(四)(1) 抗弁2(四)(1)は不知。

(2) 抗弁2(四)(2)は、そのうち五月一一日に五機工課の整備作業中にトラフの冠水が発見され、一二日にトラフ内の浸水が食い止められたことは認め、トラフ内の各種ケーブルが冠水に伴い絶縁不良状態になっているおそれがあったこと、五月一八日の絶縁試験中CVケーブルに絶縁不良と思われる箇所が発見され、同日終了予定の絶縁試験が翌一九日までずれこんだこと、五月一九日に冠水整備作業の予定が存し、その所要人員が四名であったこと、同日他担当からの応援を求めることが困難であったことは、いずれも否認し、その余は不知。

トラフ内のケーブルは、ビニール又はポリエチレンで絶縁されており冠水によって絶縁不良となることはない。このことは、五月一一日に冠水が発見されて以後五月一七日までなんらの措置も執られていないことに表れている。また、五月一八日の絶縁試験で異常がないことが確認されている。仮に、五月一九日に絶縁不良箇所の探索・究明の必要があったとしても、絶縁不良が疑われたケーブルの保守は、第二保全課の所掌ではなく、庶務課の所掌であるから、原告鏡が従事すべき業務ではない。

原告鏡が五月一九日に年休を取得することにより事業の正常な運営を妨げるおそれがあったとの主張は争う。

(五) 抗弁2(五)は否認する。蛭田課長が五月一九日に第二保全課において作業に従事したことはない。

3  原告横沢関係

(一) 抗弁3(一)のうち、原告横沢が五月一九日に欠勤したこと、就業規則に被告主張のような規定があることを認め、その余は争う。

(二) 抗弁3(二)は、そのうち倉木課長が、五月一〇日に時季変更権を行使したこと(ただし、その時間は午前九時ころである。また、倉木課長は、五月九日、本件時季指定後ただちに時季変更権を行使している。)を認め、その余は否認する。

(三)(1) 抗弁3(三)(1)は、そのうち中山局電報課が横浜市緑区及び港北区の各一部の区域内に宛先を有する着信電報の配達を業務とすることは認め、その余は不知。

(2) 抗弁3(三)(2)は、そのうち電報課の構成人員が被告主張のとおりであること及び二四時間の勤務体制がとられていたことは認める。

(3) 抗弁3(三)(3)は、そのうち原告横沢が固定日勤服務に従事する一般職員として配達業務に従事していたことは認める。配達に従事しない時間帯においては、着信検査作業や交付作業に補助的に従事するか配達のための待機をしていた。

(四)(1) 抗弁3(四)は、そのうち五月一九日が繁忙期間中であったことは否認し、同日の中山局の着信電報取扱数は不知。

(2) 抗弁3(四)(2)及び(3)の主張は争う。

単なる業務繁忙は、「事業の正常な運営を妨げる事情」には当たらない。また、五月一四日から六月一〇日までの間に新入社員及びアルバイトを除き日勤服務者が五名確保されたのは二日しかないから、四名の配置を欠く日に年休を取得できないとすれば右二日以外は年休を取得できないことになり、きわめて不合理である。使用者は、労働者が年休を取得しても直ちに事業の正常な運営に支障をきたさないだけの人員を配置しておく義務があり、その上で事前に予測することが困難な事態が発生した場合などに限って時季変更権の行使が許されるのである。したがって、業務を支障なく処理するのに必要な最低限の人員しか配置し得ない場合には、使用者には、年休時季指定があった際に代替者を確保する義務があるというべきである。本件においては、原告横沢が年休の時季指定をしたのは、年休を取得しようとする日の一〇日も前であり、かつ、五月一四日から六月一〇日までの勤務割表も一般職員には未だ徹底していなかったのであるから、公社において勤務割を変更して代替者を確保するのは容易であったのに、その努力をまったくなさず時季変更権を行使しているのであるから、右時季変更権の行使はその要件を欠き無効である。

(五) 抗弁3(五)の事実は不知、原告横沢が勤務しなかったことにより事業の正常な運営が妨げられたとの主張は争う。

倉木課長や運用係長が、着信検査作業や交付作業に従事することはひんぱんにあることであり、新入社員に対する二輪車の運転訓練も予定されていても行われないことがしばしばあった。

4  公社が、原告らの本件年休時季指定に対し時季変更権を行使したのは、成田空港の開港予定日の五月二〇日を控え、同空港周辺で開催される同空港の開港に反対する集会に原告らが参加するものと考え、右集会への参加を妨害することを企図してであって、事業の正常な運営を妨げられる事情があったからではない。

第三証拠《省略》

理由

第一当事者間に争いのない事実及び争点

一  当事者間に争いのない事実

1  請求原因1、2、3(一)(1)のうち原告及川が五月二〇日に勤務をしなかったこと、同3(二)、(三)及び(四)並びに同4の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁1ないし3の各(一)のうち、原告らがいずれも本件時季指定にかかる日に勤務を欠いたこと、就業規則に被告主張のような規定があり被告が原告らに対し本件懲戒処分及び本件賃金カットを行ったことは当事者間に争いがない。

3  抗弁2(二)のうち、赤塚課長が五月一八日に時季変更権を行使したこと、抗弁3(二)のうち、倉木課長が五月一〇日に時季変更権を行使したことは当事者間に争いがない。

二  本件の争点

そこで、本件の争点は、

1  原告及川の関係については、

(一) 原告及川は、五月二〇日について年休の時季指定を行ったか否か

(二) 年休の時季指定を行ったとして、それは有効なものか

(三) 有効な年休の時季指定を行ったとして、公社は時季変更権の行使を行ったか否か

(四) 公社が時季変更権の行使を行ったとして、それは事業の正常な運営を妨げるという要件の存する有効なものか否か

というものであり、

2  原告鏡及び原告横沢については、いずれも公社の時季変更権の行使が事業の正常な運営を妨げるという要件の存する有効なものか否か

ということに帰する。

以下、各原告毎にこれらについて順次判断する。

第二原告及川関係

一  時季指定の有無、効力

1  請求原因3(一)(2)の事実は、公社においては年休の時季指定の方法についての定めがなく職場の慣行に委ねられていたこと及び第四電力課では原告主張の(1)ないし(3)の方法によっていたことを除き、その余は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 原告及川は、五月一九日午前一一時三〇分ころ、第四電力課の事務室において、執務中の久保木係長に翌二〇日(原告及川は午前八時三〇分から正午まで勤務する半日勤の予定であった。)に年休を取得したい旨申し入れ、これに対し、久保木係長は、課長に伝えておくという意味で「いいでしょう。」と応答すると共に当日年休を取得していた藤田課長に対する連絡のため、原告及川から五月二〇日について年休の時季指定がされた旨を記載したメモを作成し、同課長の机上にこれを置いておいた。

(二) 原告及川は、久保木係長から「いいでしょう。」といわれると、同事務室に備付けの年次休暇記録簿に翌二〇日に年休を取得する旨を記載して備付け場所に戻し、課長席横の小黒板及び備付けの勤務割表にもその旨を記載した(原告及川が年休記録簿及び小黒板に右のような記入をしたことは当事者間に争いがない。)。

(三) 伊沢部長は、五月一九日午後二時五〇分ころ、第四電力課事務室に見回りに訪れた際、藤田課長の机上に久保木係長が作成した前記のメモがあるのを見付け、久保木係長からも報告を受けて、原告及川が翌二〇日について年休の時季指定を行ったことを了知した。

2(一)  ところで、原告及川が、五月当時、交替制勤務に服していたこと、交替勤務者が年休の時季指定をするときは、原則として前々日の勤務終了時までに行うことが公社と全電通との労働協約及び就業規則で定められていることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、公社においては、就業規則の規定の解釈及び運用に関する職員局長通達が存在し、それによると「職員が、休暇の時季を指定するときは、……『年次休暇記録簿』に必要事項を記入のうえ、所属長に提出する。」とされ、右所属長とは、直属上長のことであって、直属上長とは例えば課に属する職員については課長であり、この直属上長が服務の指定及び変更、週休日の指定及び変更、時季変更権の行使をなしうるとされていたこと、ただし、右直属上長が不在等の場合には、さらにその上長もこれら権限を有していたことが認められる。

(二) また《証拠省略》によれば、成田空港の五月開港を控え、三月二六日に成田空港の管制塔に侵入しその設備を破壊するなどして逮捕された者の中に公社の職員が含まれていたことから、公社においては五月九日に副総裁通達を発して、服務規律の厳正化を求めていたこと、そこで、第四電力課においても、藤田課長は、始業前のミーティングにおいて、年休の時季指定は課長に直接行うよう、課長が不在の場合は第一電力課長か電力部長に行うよう指示していたことが認められる。

3  しかし、伊沢部長は、後述するとおり、原告及川から有効な年休の時季指定があったことを前提としたうえで、藤田課長にその旨を連絡すると共に、結果的に時季変更権を行使しているのであって、本件時季指定当時においては、伊沢部長及び藤田課長とも、原告及川がした年休の時季指定が労働協約の定めやミーティングにおける課長指示に反する無効なものとは全く考えていなかったことが明らかである。また、《証拠省略》によると、第四電力課においては、本件時季指定前だけでなく、本件が問題となった後も、かならずしも直接課長に年次休暇記録簿を提出するという方法に限らず、係長や同僚に依頼して課長に時季指定の旨を連絡して貰う方法等が行われており、また、交替勤務者についても、前々日に限らず当日に時季指定がなされることもあったが、公社は、それらの時季指定を無効であるとしたことはなかったこと、現に、五月二〇日においても、交替勤務者の一員であった雄鹿は、当日の朝に第四電力課に架電し、同僚に同日午前中二時間の年休の時季指定を行う旨藤田課長に伝えて貰って、二時間の勤務を欠き、事後的に年次休暇記録簿に同日午前二時間の年休取得の旨を記載して課内庶務を担当する電力係長の机上に提出するにとどまったが、公社は事情を聴取することもないまま右時季指定を有効なものとして取り扱い、時季変更権の行使もしなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

4  公社が、右認定のように年休の時季指定は直属上長(課長)に行うよう定めているのは、勤務割の変更権者でかつ時季変更権の行使権者に対して時季指定を行わせることにより、勤務割変更の可否及び時季変更権の必要性の有無を速やかに判断させ、可能ならば勤務割変更によって労働者に年休を取得させ、そうでないとしても時季変更権の行使を円滑に行えるようとの配慮に出たものと解される。また、交替勤務者については、原則として前々日の勤務終了時までに行うよう定めているのは、公社と全電通との労働協約により、公社は当日又は前日に勤務割の変更を行うには本人の同意が必要とされていた(この事実は、《証拠省略》によって認められる。)ことから、前日又は当日に年休の時季指定がなされると代替勤務者を確保することが困難であり、結果的に時季変更権を行使せざるを得なくなることが多くなるため、右同意の必要でない時点で時季指定をさせることによって代替勤務者の確保を容易にならしめ、時季変更権の行使をできるかぎり不要ならしめようとの配慮に基づくものと解すべきである。

右の趣旨からすると、労働者の年休の時季指定の意思が受領権限を有する直属上長に達しさえすれば、時季指定の時期、方法が、公社の右のような定めに反してされたからといって、そのことから直ちに、時季指定がなかったとか又は無効であると解する理由はなく、時季変更権行使の効力を判断する場合の一要素として考慮すれば足りるというべきであって、このことは、服務規律の厳正化が求められているときであっても変わりはない。なぜなら、そう解さなければ、労働基準法三九条が、年休の時季指定の時期等についてなんらの制限をしていない趣旨にもとる結果となるからである。また、右3認定の事実からすると、少なくとも第四電力課においては、そのように運用されてきたということができる。

この見地からすると、原告及川の五月二〇日に年休を取得するとの意思は、五月一九日の午後二時五〇分ころに年休の時季指定の受領権者である伊沢部長に了知されているのであるから、これによって年休の時季指定は有効にされたものということができる。

二  時季変更権の行使

1  《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(一) 伊沢部長は、原告及川が五月二〇日について年休の時季指定を行ったことを知ると、東京市外局の次長、庶務課長と打ち合せ、休暇中の藤田課長とも連絡をとったうえ、原告及川が翌二〇日について年休の取得を必要とする事情次第では時季変更権の行使を見合わせることもあるとの含みで、五月一九日午後七時三〇分ころ、藤田課長名で、原告及川に対し、その自宅宛に「二〇日の勤務について至急電話されたし」との普通電報を打った。

(二) 原告及川は、右電報を受け取ったが、藤田課長に電話をしなかった。そこで、伊沢部長は、五月二〇日午前四時二〇分ころ、藤田課長名で、原告及川の自宅宛に前(一)と同文の普通電報を打った。

(三) 五月二〇日午前八時三〇分の勤務時間になっても、原告及川は出勤して来なかった。藤田課長からその報告を受けた伊沢部長は、同日午前九時四〇分ころ、第四電力課課長名で、原告及川に対し、その自宅宛に「直ちに出勤されたし」との普通電報を打った。

(四) 右(二)及び(三)の電報は、同日中に原告及川の自宅に配達され、原告及川は同日中にはこれらを見た。

2  右認定のとおり、伊沢部長は、原告及川が五月二〇日について年休の時季指定を行っていることを踏まえて、同日の出勤を命ずる電報を打ち、原告及川は右電報を受領してその内容を了知しているのであるから、原告及川の本件時季指定に対し、時季変更権を行使したものと解することができる。

ところで、右時季変更権の行使は、原告及川が時季指定した年休の期間が開始した後にされているが、その一事をもって当然に時季変更権の行使が不適法となりその効力が認められないものではないから、以下においては、まず、客観的に時季変更権行使の要件が存在したかどうかの観点から、公社がした時季変更権行使の効力を検討する。

三  時季変更権行使の効力

1  東京市外局及び第四電力課の業務

《証拠省略》によれば、抗弁1(三)(2)の事実を認めることができる。

2  第四電力課の人員構成及び原告及川の担務

五月当時、第四電力課の人員構成及び原告及川の担務が抗弁1(三)(3)のとおりであること並びに原告及川が輪番勤務に服していたことは当事者間に争いがない。《証拠省略》によると、第四電力課の職員は、常日勤(平日は、原則として午前八時三〇分から午後五時一〇分まで、土曜日は、二ないし四週に一回午前八時三〇分から正午まで勤務する。日曜日は休日。)服務の課長、係長三名及び社員一名とおおむね日勤で二週に一回宿直(午後三時五〇分から翌午前〇時まで勤務する。)及び宿明け(午前〇時から午前九時一〇分まで勤務する。)勤務をする社員一名を除く一二名が、日勤、土曜日に午前八時三〇分から正午まで勤務する半日勤、宿直、宿明け及び週休を一定の規則性をもって組み合わせて勤務する輪番服務に従事していたことが認められる。

3  《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(一) 第四電力課は、前認定のとおり、旧局庁舎内の公社機関に対する電力の供給をその業務としているところ、旧局庁舎内の公社機関は、東京電力から供給される電力によって前認定の業務を行っているが、その停電に備えて、蓄電池及び呼びエンジンによる発電機によって電力を供給するという方法が準備されていた。しかるに、蓄電池によっては全ての電気器具に電力を供給することができないし、停電が長時間にわたるときには蓄電池の過放電が生じて電力の供給ができなくなるため、停電の際にはできるだけ早期に大四電力課が管理する予備エンジンによって発電を行い電力を供給しなければ、旧局庁舎内の公社機関の業務、ひいては公衆電気通信サービスに支障が生ずることになる。

(二) そして、突発的な停電はいつ生ずるか知れないため、予備エンジンが正常に運転できないおそれのある状態が発見された場合には、できるだけ速やかに予備エンジンを点検、修理して右おそれを除去することが必要であった。

4(一)  この点に関し、被告は、五月一九日に、予備エンジンの不調が発見されたことから、右認定の予備エンジンの性質に鑑み、翌二〇日に不調箇所の探索・修理を行う必要が生じたもので、そのためには、原告及川を欠くことができなかった旨主張する。

そして、証人伊沢章夫の証言中には、五月一九日午後二時五〇分ころ、第四電力課事務室に巡回で立ち寄った際、久保木係長から予備エンジンが不調である旨を聞いたので、電話で藤田課長に予備エンジンの不調の事実を知っているかを確認し、翌二〇日に点検、修理を行うよう指示し、かつ、右点検、修理には原告及川が年休を取得しても差し支えがないか検討をさせたところ、藤田課長は、予備エンジン不調の事実を知らず、その不調箇所の探索、修理には、四人を要するので原告及川が出勤しなければ、支障を生ずると報告した旨の部分がある。

また、証人藤田洋の証言中には、抗弁1(三)(4)ウ及び同(5)の前段に記載の事実と同趣旨の部分がある。

(二) しかし、右各部分、とりわけ証人藤田洋の証言中の右部分は、そのうち、五月一九日にはじめて予備エンジンの不調が発見され、その不調箇所の探索・修理のためには原告及川が出勤することが必要であったとの部分は、次の(1)ないし(4)に照らし採用し難く、五月二〇日に原告及川が勤務を欠いたため当日の業務にも支障が生じたとの部分は、次の(5)及び(6)に照らし採用し難い。結局、被告の抗弁1(三)(4)ウ及び同(5)主張事実を認めるには足りる証拠はない。

(1) 証人松田信雄の証言中には、五月一八日に、同証人外二名で予備エンジンの定期点検整備を行ったのち、自動ターニング装置が動いたのを見たことがないということから、当日の宿直者である多田をも交えてその機能等が問題となり、その際に自動ターニング装置が動かないことが判ったが、そのときにはフライホイールの角度をある一定の角度にならないようにしておけば予備エンジンが起動しないことはないとの結論になった、そして、翌一九日午後三時三〇分ころ、宿直勤務のため第四電力課に出勤したときには、予備エンジンが起動しなくなるフライホイールの角度も具体的に判っていたとの部分がある。

しかるところ、次の(2)ないし(3)のとおり、右証言の信用性を否定することができず、これによれば、五月一九日までの時点で、自動ターニング装置が作動しないこと、それに対する応急措置も講じられていたのではないかという可能性を払拭することができない。

(2) なるほど、《証拠省略》によると、電力障害記録票には、予備エンジンの障害が五月一九日午後二時に発生したと記録されていることが認められが、一方《証拠省略》によると、右障害は定期作業により発見されたとされているところ、五月一九日に予備エンジンについての定期作業が行われたという証拠はなく、《証拠省略》によると、右定期作業とは一八日に行われた予備エンジンの定期点検を意味するものと認められる。そして右電力障害記録票の障害発生時の記載は、自動ターニング装置の不作動を久保木係長が確認した時間を記載したという可能性もあるから、《証拠省略》の障害発生時の記載も右松田証言の信用性を排斥し、前記伊沢証言にそうものともいい難い。

(3) 《証拠省略》によると、第四電力課では毎日の電力設備の運転・点検等の結果を午後四時ころまでに電力日誌に記載して課長等の検印を受けることとなっており、設備の障害もその「記事」欄か「連絡事項」欄に記載することとされていたこと、藤田課長は、六月六日に五月一八日、一九日の電力日誌を見て検印しているが、その時点では、五月一八日の電力日誌には自動ターニング不能という記載はなく、五月一九日の連絡事項欄に塚本英治電力係長による自動ターニング不能という記載があったこと、したがって、乙二〇号証の一に自動ターニング不能の記載があり、乙二〇号証の二の右記載が抹消されて判続が困難になっているのは、六月六日以後何人かが工作を加えたものであることが認められる。しかし、右松田証言によると、自動ターニング装置について五月一八日の宿直勤務で午後三時五〇分から勤務の始まる多田を交じえて話題にしたというのであるから、電力日誌の作成時間との関係で五月一八日の電力日誌にそのことが記載されていないからといって直ちに右松田証言に矛盾があるともいえず、右五月一九日の電力日誌の連絡事項欄の記載から、同日に初めて自動ターニング装置の不能が発見されたとすることはできない。

(4) 《証拠省略》によると、遅くとも五月一九日中には、単に予備エンジンの不調という抽象的なものではなく、自動ターニング装置が起動しないという具体的な欠陥箇所が判明していたことが認められ、また、右以外の不調箇所が予備エンジンに存したことを認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、久保木係長が、伊沢部長に、予備エンジンについて報告をしたとすれば、その内容は単に予備エンジンが不調というものではなく自動ターニング装置が作動しないという内容にまでわたるものであったはずである。

また、証人伊沢章夫の証言によると、伊沢部長は、久保木係長に不調の内容を聞かなかったし、予備エンジンの設置場所は第四電力課事務室から自室への途中にあるのに立ち寄って見ることもしなかったというのである。また、同証言によると、伊沢部長が久保木係長から予備エンジンが不調であるとの報告を受けたのは、午後二時五〇分ころで、日勤者の勤務時間はまだ約二時間もあったのに、不調内容の調査及び応急措置が講じられないかの検討をも行っていないというのである。前認定の予備エンジンは重要なものであり、これが始動しないおそれのある場合には速やかに修理する必要があることに照らすと、伊沢部長としては、単に予備エンジン不調という報告しか受けなければ、直ちにその不調の内容を確かめ、応急措置を講ずる必要性及び可能性を検討するべきものである。しかるに伊沢部長は、これらを全く行っていないというのであるから、その点からも単に不調であるとの報告しか受けていないとの右証言部分は不自然であって、むしろ、自動ターニング装置のストロークが出ないという障害の具体的内容を知っており、それが予備エンジンの起動に影響しないような措置が講じられていたことをも知っていたからなんらの対応もしなかったと解するのが自然である。予備エンジンの重要性及び電力部長の職責に鑑みると、伊沢部長が、単に久保木係長から予備エンジン不調という報告を受けただけで、直ちに不調の内容を確かめることをせず、また、見回りの途中にある予備エンジンの設置場所に立ち寄って見ることもしなかったことは、予備エンジンの不調に勝る特別の事情が生じた等のことがないかぎり、通常では考えられないからである。

(5) 《証拠省略》によると、五月二〇日午前八時三〇分の勤務開始時間に出勤していた当日の日勤勤務者は、藤田課長の外、電力担当の代本朝二、空調担当の多田博、飯塚國吉及び森田幸夫の四名であったこと、当日に予定されていた通常の業務としては、電力担当が、電力設備の運転監視及び点検であり、空調担当においては、空調設備の運転監視及び点検、自記記録計の用紙の取替、発信器の水の補給及びガーゼの取替等があったことが認められる。

しかるところ、五月二〇日においても右認定のような業務は、通常と変わりなく遂行されたとの原告及川の主張にそう次のような証拠がある。

ア 証人森田幸夫及び松田信雄の各証言中には、五月二〇日のミーティングの際には、証人藤田洋の証言中にあるような、予備エンジンの不調箇所の探索・修理を優先し、その後に日常の業務を行うといった指示はされていないという部分がある。

イ 証人森田幸夫の証言中には、空調担当の平常業務である自記記録計の用紙の取替作業並びに発信器のガーゼの取替及び水の補給は飯塚(《証拠省略》によると、藤田課長らと午前九時ころから午前一〇時半ころまでの間予備エンジンの不調箇所の探索・修理に当たったとされている。)が一人で午前一一時ころまでには終わっていたという部分があり、《証拠省略》には、右自記記録計用紙の取替は、午前一〇時ころには終わっていたという部分がある。

ウ また、《証拠省略》には、電力担当の日常業務は電力機器の運転監視を除き、午前一〇時半ころまでに平常の業務が終わっていたという部分がある。

(6) 前認定のとおり、五月二〇日午前八時半ころ、雄鹿は、午前中二時間の年休時季指定を行っている。《証拠省略》によると、雄鹿は、原告及川と同じ電力担当であったことが認められ、雄鹿の右時季指定が、使用者において時季変更権行使を見合わせるのが相当な理由によるものとの証拠はなく(むしろ、《証拠省略》によると、藤田課長は寝過ししたという理由によるものに過ぎないと認識していたことが認められる。)、しかも、雄鹿の時季指定を行った時間からして、藤田課長には原告及川が出勤していないことが判明していたと思われる。それにもかかわらず、藤田課長は、前認定のとおり、これについては時季変更権を行使していないのであって、このことから、五月二〇日には、原告及川の外に雄鹿が二時間の年休を取得しても、第四電力課の事業の正常な運営に支障がなかったのではないかと思われる。

なお、《証拠省略》には、雄鹿の自宅は神奈川県藤沢市にあって時季変更権を行使しても二時間では来られなかったから行使を見合わせたという旨の部分があるが、これは、雄鹿については時季変更権の行使を見合せ、原告及川については時季変更権を行使した理由とはならない。なぜなら、《証拠省略》によると原告及川の自宅は当時は東京都八王子市並木町にあり、自宅から東京市外局までの所要時間は約一時間四〇分であることが認められるところ、前認定のとおり、公社は、午前九時四〇分発信局受付けの普通電報で時季変更権を行使しているのであるから、その電報が原告及川の自宅に配達されるのに要する時間をも考慮すると(なお、《証拠省略》によると、右電報が着信局である八王子電報電話局に受信されたのは午前一〇時三七分であること、公社においては、普通電報は、受付けから配達員に交付するまでの時間は六〇分以内を標準発想時間としていることが認められる。)、原告及川がそれに従って直ちに自宅を出たとしても、勤務時間内に東京市外局に到着できないことは明らかであって、雄鹿と事情は同じと考えられるからである。

(三) なお、藤田課長が、五月二〇日、予備エンジンの自動ターニング装置の点検等を行っていたとしても、前日までに判明していた予備エンジンが始動しないフライホイールの死角を確認し、それを手動で避けておくことで予備エンジンの始動には差し支えがないことを確認するためになされたものと解する余地もあり、また、藤田課長がそのような確認を行うことは、その管理者としての職責に支障を生じさせることとはとうてい解せず、むしろ右予備エンジンの重要性に鑑みると、第四電力課の責任者たる藤田課長自らが行うのが相当とすらいいうるのであるから、そのこと自体は何ら同日の業務に支障があったことの表れとはいえない。

5  以上見たところを要約すると、五月一九日の時点で、翌二〇日に日常業務に優先して予備エンジンの不調箇所の探索・修理を急いで行わなければならない必要があったかどうかが疑問であり、実際にも五月二〇日に日常業務に優先して予備エンジンの不調箇所の探索・修理を行い、第四電力課では、雄鹿に加えて原告及川が年休の時季指定を行ったことから、業務がふくそうしたとか日常業務に支障が生じたと認めることは困難である。よって、原告及川の年休時季指定につき、公社に「事業の正常な運営を妨げる事情」が存したとはいえないから、これに対してされた公社の時季変更権の行使は、その余の点について判断するまでもなく、その要件を欠き無効なものである。

四  結論

よって、原告及川については、五月二〇日は、有給休暇が成立するから、原告及川が同日欠務したことは、なんら懲戒処分の理由となるものではなく、原告及川に対する本件懲戒処分は無効である。また、原告及川は、同日分の賃金請求権を有しているというべきである。しかるに、公社又は被告がこれを支払っていないことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、同日分の原告及川の賃金は二二四一円であることが認められるから、被告は、右賃金(及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年八月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)の支払業務を負うと共に、労働基準法一一四条に基づき右賃金と同額の附加金の支払義務を負う。

第三原告鏡関係

一  時季変更権行使の適法性

1  神田局及び第二保全課の所掌業務、第二保全課の構成人員及び勤務体制、原告鏡の担務

(一) 《証拠省略》によると、抗弁2(三)(1)の事実を認めることができる。

(二) 抗弁2(三)(2)及び(3)の事実は当事者間に争いがない。

2  事業の正常な運営を妨げる事情の存否

(一) 《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

(1) 五月一一日(木曜日)、上部機関である地区管理部五機工課による神田局の地下二階にある空調用のターボ冷凍機(電話交換室に冷気を送り込むための装置で、六月ころから運転の予定であった。)の整備作業中、冷凍機操作盤、分電盤等の下にあるトラフ(地下ケーブルが通っている溝)内のケーブルが深さ約二〇センチメートルに達する冠水をしていることが発見された(五月一一日に右トラフ内のケーブルの冠水が発見されたことは当事者間に争いがない。)。そのため、直ちに第二保全課の電力担当職員等(午後五時以降は、赤塚課長と神田局庶務課長の二名)によってトラフ内の水の汲み出し作業が行われたが、冠水の原因発見には至らなかった。

(2) 翌一二日、この浸水は、消火栓の亀裂による漏水が原因であることが判明し、トラフ内への浸水は食い止められた(五月一二日にトラフ内への浸水が食い止められたことは当事者間に争いがない。)。

(3) この冠水したケーブルは、ターボ冷凍機の制御装置関係のケーブル、局舎照明用のケーブル、アース線等であって、そのうちケーブルはポリエチレン被覆のものとビニール被覆のものがあり、ポリエチレン被覆のものは、これらが冠水に伴い絶縁不良状態に陥っているおそれは少ないが、ビニール被覆のものは絶縁不良状態に陥っている可能性のあることが考えられた。そして、これらが冠水に伴い絶縁不良状態に陥れば、その用に供することは不可能となり、ターボ冷凍機が運転できないとか、局舎の停電等が生じ、神田局の業務遂行上重大な影響を与えるおそれがあった。

(4) そのため、赤塚課長は、五月一五日、電力担当の水上主任に、冠水したケーブルの中の何箇所かについて絶縁試験を行うよう指示をした。しかし、同日、赤塚課長が、地区管理部の桑原電力課長に対し、冠水事故の状況及び抜き取り的に絶縁試験を行う旨を報告したところ、桑原電力課長は、抜き取り的な絶縁試験では不十分であり、冠水したケーブルの全数について絶縁試験を行うよう指示した。そこで、赤塚課長は、神田局長の了解を得たうえ、五月一九日までに右作業を行うこととし、水上主任に右作業(以下「冠水整備作業」という。)の計画をたてるよう指示した。

(5) 水上主任は、五月一五日中に、右計画の素案を赤塚課長に提出したが、再検討を求められ、改めて翌一六日、作業期日を五月一七日から一九日までとし、五月一七日にトラフ内及びケーブルの清掃、一八日に絶縁試験、一九日に盤内細部点検及び試運転を行う、要員は各日とも第二保全課の職員については三名とする計画を提出した。赤塚課長は、この計画に基づいて冠水整備作業を行うこととした(ただし、要員は各日とも地区管理部からの応援一名を含めた四名とした。)。

(6) ところで、赤塚課長は、五月一五日、地区管理部から、十勝沖地震に関連して震災対策実施状況調査を行い、その結果をなるべく早く報告するよう指示された。赤塚課長は、右調査のうち電力、空調設備関係の調査には、第二保全課の電力担当であった根本一二係長を当てることとしたが、根本係長は、五月一六日、一七日は、他の用務があったため、五月一八日、一九日にこれを実施させることとした。したがって、第二保全課の電力担当において、冠水整備作業に当たることができるのは、原告鏡と水上主任の二名のみであった。そこで、赤塚課長は、右作業に共通担当から一名を応援させることとしたほか、さらに五機工課から一名の応援を受けることとなった。

なお、第二保全課においては、他の担当を応援する必要が生じたときは、比較的人数の多い共通担当から応援要員を出すことになっており、他の担当は、人数が少なくその本来の担当業務に支障が生ずるおそれがあると考えられていたため、応援に人員が出されることはなかった。

また、第二保全課の主任技術員であった橋本辰男(以下「橋本主任技術員」という。)は、電力関係の仕事の経験が長いうえに、特定の担当がなく、課長の特命による仕事等をその任務としていた者であるが、昭和五二年六月脳血栓症に罹患し、その影響があって、一般作業に従事することはできず、電力関係の補助的な軽作業を担当していたのみであるから、右(5)の作業を担当することはできなかった(なお、原告鏡本人尋問の結果中には、昭和五三年五月当時、橋本主任技術員は元気であり、電力担当の業務に従事していた旨の部分があり、《証拠省略》には、五月一一日、一二日、一五日ないし一九日(ただし、甲第四二号証については、五月一六日を除く。)に橋本主任技術員が電力担当の業務に従事した旨の記載があり、《証拠省略》には、五月一八日の絶縁試験の測定者の一人として橋本主任技術員の記載があることが認められる。しかし、原告鏡本人尋問の結果中の右部分は、《証拠省略》に照らすと、橋本主任技術員の発病した年を昭和五二年ではなく昭和五四年とする誤解を前提とするもので採用できず、また、《証拠省略》の記載は、いずれも、橋本主任技術員が電力担当又は絶縁試験に関する補助的な業務に従事したものを記載したと解することもできるから、右認定を左右するには足りない。)。

(7) 水上主任らは、五月一七日、右(5)の計画に基づいて冠水したトラフ内及びケーブルの清掃を行ったが、原告鏡は当日の朝年休の時季指定を行い出勤しなかったため、赤塚課長は、共通担当の中村通夫に電力担当を応援させると共に、原告鏡に電話をし、冠水事故の後の整備作業という特別作業もあるから明日は是非出勤するようにとの旨を伝えた。

(8) 五月一八日も、右(5)の計画に基づく作業が行われたが、その作業中、神田局の庁舎(旧館)証明用の一〇〇ボトルと二〇〇ボルトの電源系統のCVケーブル絶縁不良と思われる異常が発見されたため、一九日にも引き続き、神田局庁舎(旧館)の二階から六階までの各階の分電盤で切り分け試験を行い、異常箇所が各階の分電盤までの間(冠水箇所を含む。)にあるのか、各階の分電盤以降の負荷側にあるのかを確認することが必要となった。

(9) 原告鏡が本件時季指定を行った時点で、五月一九日に出勤を予定されていた第二保全課の職員は、課長、主任技術員の外、電力担当は原告鏡を含め三名、共通担当九名、クロスバー担当二名、DEX担当三名、SO担当三・五名であり、共通担当からは、一名が電力担当の冠水整備作業を応援することになっていた。

(10) 赤塚課長は、原告鏡の本件時季指定を受けて、水上主任に右(8)の事実を確認し、そのための所要人員は四ないし五名であるとの報告を受けた。また、右の出勤予定者数からすると、五月一七日に急に原告鏡が年休を取得したことから、共通担当の職員一名に当日の業務を犠牲にして冠水整備作業の応援をさせたのでそれ以上に共通担当の業務を犠牲にすることはできないと考えられたこと、震災対策の状況調査(電力、空調関係以外)に人手を取られること等から共通担当からの応援を増やすことは困難であり、他の担当も電力担当に応援を出せばその本来の業務に支障が生ずるおそれもあった(なお、DEX担当において一名が訓練要員として一名多く人員が配置されていたとしても、前認定のとおり、五月一九日のDEX担当の出勤者は三名であるから、他の担当を応援するゆとりがなかったことに変わりはない。さらに、《証拠省略》中には、五月一九日に翌日に予定されていたマージャン大会の景品を購入しに二人の職員が局舎外に出かけたとの部分がある。仮にそのような事実があったとしても、第二保全課の担当する業務は、交換機の保守作業等であるから、その正確な業務量を予め把握することは困難であり、たまたま結果的にある担当にゆとりのある事態が生じたからといって、事前にその担当の職員を他の担当の応援にまわすことができることにはならない。)。

(11) 五月一九日には原告鏡が欠勤したため、冠水整備作業の所要人員に不足が生ずることとなったが、その要員を第二保全課内の他の担当から求めることができなかった。そこで、赤塚課長は、神田局の次長に依頼して地区管理部にもう一名の応援を要請し、地区管理部の桑原電力課長は、蛭田課長にもう一名の応援の派遣を要請したが、五機工課においても既に各方面への要員配置が決定されていたため、結局、蛭田課長が自ら応援に赴いた。

蛭田課長、水上主任と共通担当の大井職員、五機工課から応援に派遣されていた大塚主任は、まず、再度通し試験を行い異常を確認したうえで、分電盤での切り分け試験を行うこととしたところ、午前中の通し試験で旧館の一〇〇ボルトと二〇〇ボルトの電力配線系統に異常を確認したので、午後には、冠水整備作業に伴う試運転(ターボ冷凍機本体を除く。)等の時間を確保するための機械担当の係長の応援をも求めて、各階の分電盤のところで一斉に切り分け試験を行った。その結果、地下二階の分電盤から各階の分電盤までの幹線部分には異常がなく、各階の分電盤以降の負荷側に原因があることが判明し、冠水整備作業としての絶縁試験の目的を達した(なお、《証拠省略》には、蛭田課長が絶縁試験に従事した旨の記載はないが、これは右認定を左右するに足りない。)。

(二) 右認定の事実によると、原告鏡が五月一九日に年休を取得すれば、五月一七日以降計画的に進められていた冠水整備作業の必要人員を欠くことになり、しかも、五月一八日の絶縁試験で絶縁不良と思われる異常が発見されたのであるから、翌一九日に絶縁不良箇所の探索を行う必要性は高く、右(一)(6)、(9)及び(10)の事実並びに五月一九日に原告鏡の代替要員として蛭田課長が地区管理部から派遣されている事実からすると、第二保全課の他の担当から原告鏡の代替要員を確保することも困難であったというべきであり、年休の時季指定があった場合に他の職場にまで代替要員を求めるまでの配慮をなす必要はないから、原告鏡が五月一九日に年休を取得することにより事業の正常な運営を妨げる事情があったと認めることができる。

(三) なお、原告鏡は、右事業の正常な運営を妨げる事情の存在に関し、次のように主張するが、いずれも採用できない。

(1) 原告鏡は、冠水したケーブルは、ビニールやポリエチレンで被覆されており、冠水によって絶縁不良が生ずることはありえず、したがって、緊急にトラフ冠水整備作業を行う必要性はなく(現に、トラフの冠水が五月一一日に発見されてから五月一七日までなんらの措置も執られていない。)、五月一八日の絶縁試験でも異常はなかったから、五月一九日に絶縁試験が行われたこともなかった旨主張する。

しかし、右(一)(1)、(2)、(4)、(5)認定のとおり、トラフの冠水に対する対応は、五月一七日までなにもされていないのではなく、五月一一日以降日をおって順次されているのであり、また、《証拠省略》によると、完成品のビニール外装及びポリエチレン外装の低圧ケーブルに要求されている規格は、清水中に一時間浸した後、導体と大地との間(多心のものについては、さらに導体相互間)に試験電圧を加えたときの絶縁体の絶縁抵抗が一定値以上であることであるが、冠水したトラフ内のケーブルは、右認定の冠水の態様、その原因及び発見から浸水防止の措置が執られるまでの状況からすると、より長時間水に浸されていた可能性を否定することができないから、これをもってトラフ内のケーブルが冠水によって絶縁不良に陥っているおそれがあるとして冠水整備作業を行う必要性がなかったとはいえない。

また、水上主任及び原告鏡が予備エンジンの試運転を五月一八日に行っている事実は当事者間に争いがないが、《証拠省略》によると、五月一七日に赤塚課長は水上主任に予備エンジンの試運転を行ったか否かを確認していること、予備エンジンの試運転には二〇分程度を要するに過ぎないことが認められる。この事実からすると、前日予備エンジンの試運転の有無を赤塚課長から尋ねられているので、これを早く行う必要があると判断し、時間のかかる絶縁試験の残りを翌日に持ち越してこれを行ったということもありうるのであって、予備エンジンの試運転が五月一八日に行われていることから、同日の業務はすべて余裕をもって終了したと認めることはできないから、五月一九日に絶縁試験が持ち越されたとの認定を左右するには足りない。

他に、ケーブルが冠水によって絶縁不良になるおそれがあること、五月一八日の絶縁試験で異常が発見されたこと及び五月一九日に絶縁試験が行われたこと、以上の事実の認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 原告鏡は、絶縁不良が疑われた局舎照明用ケーブルの保守を担当するのは、第二保全課ではなく庶務課であるから、その絶縁試験は、原告鏡の担当業務とはいえない旨主張する。

しかし、弁論の全趣旨によると、冠水したトラフ内のターボ冷凍機関係のケーブルの保守は、第二保全課の所掌する業務であることが認められるところ、右認定のように、神田局長(《証拠省略》によると神田局内の事務分掌を定めるのは神田局長であることが認められる。)も了解のうえ、冠水したケーブルについて冠水による影響の有無を第二保全課において調べることになったのであるから、その対象となったケーブルに本来は第二保全課が保守を担当しないものが含まれていたとしても、当該ケーブルについても冠水の影響の有無を調べる限度で第二保全課の業務となったというべきであって、右主張も採用できない。

3  ところで、原告鏡は、赤塚課長が原告鏡の本件時季指定に対する時季変更権の行使は、成田空港の周辺で開催される同空港の開港に反対する集会に原告鏡が参加するものと考え、これを妨害するためにされたものであると主張するが、赤塚課長にそのような意図があったと認めるに足りる証拠はなく、原告鏡の本件年休に事業の正常な運営に支障が生ずるおそれがあったことが認められる以上、仮に、時季変更権の行使にそのような意図が含まれていたとしても、なんらその行使の効力に影響しない。

二  結論

よって、原告鏡は、五月一九日について、みだりに欠勤したものというべきであるから、同日分の賃金請求権を有さないばかりか、就業規則五条一項に違反したことになり、その結果、同五九条一号、一八号の各懲戒事由に該当する。そして、公社が公社法三三条に基づき本件懲戒処分をしたことが裁量権の範囲を越えるものであることを窺わせるに足りる事情もないから、その余について判断するまでもなく原告鏡に対する本件懲戒処分は、有効である。

したがって、原告鏡の本訴請求はいずれも失当である。

第四原告横沢関係

一  時季変更権行使の適法性

1  中山局電報課が、横浜市緑区及び港北区の各一部の区域内に宛先を有する着信電報の配達を業務としていること、電報課は、課長、運用係長及び運用主任各一名、一般職員一一名並びに見習社員二名の合計一六名で構成されており、この一六名が、常態として日勤服務のみを行う固定日勤服務者四名、日勤服務と夜勤服務を一週間毎に交替して行う日夜勤服務者二名、六輪盤服務者六名、三輪盤服務者三名に分かれ、二四時間の勤務体制がとられていたこと、原告横沢は、主として電報の配達業務に従事する固定日勤服務の一般職員であったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  電報課における最低配置人員

《証拠省略》によると、次の各事実を認めることができる。

(一) 中山局の着信電報の配達区域は七九・七九平方キロメートルに及び、そのため一回の配達の際の走行距離(「配達走行キロ程」)も一五・〇キロメートル(昭和五二年度)と横浜市内の他の電報局に比べて長くなっている。

(二) そこで、中山局においては、電報配達業務に要求される迅速性を考慮すると、日曜日以外の昼間においては、最低限、管轄配達区域を美しが丘方面、長津田・青葉台方面、池辺・鴨井方面に分かち、各方面一名の配達要員を置くことが必要と考えられていた。

(三) そして、電報の配達のためには、配達員による配達以前に、着信検査作業(着信した電報の記載事項を点検し必要な処理を行うこと)及び交付作業(発送すべき電報を区分し、配達票に記入するなどして配達員に交付する作業)も必要であり、これら作業のためにも少なくとも一名の要員が必要であり、結局、中山局において、日曜日を除き、電報の配達を円滑に行うための日勤服務(おおむね午前八時三〇分から午後四時三〇分)の最低必要人員は四名(日曜日は三名)であった。そして、このことは職員の間でも認識されており、勤務割の変更が行われる場合は別として、最低要員配置日に年休の時季指定をした職員が倉木課長からその日が最低要員配置日である旨の指摘を受けると直ちに自発的に時季指定を撤回した例もあった。

なお、電報課長及び運用係長は、管理業務や課内庶務、統計等の事務を担当し、着信検査作業及び交付作業(これらは、ときには分担することもある。)あるいは配達作業を担当しないので、右の最低必要人員中には数えられていなかった。

(四) 電報課においては、前認定のとおり、固定日勤服務者四名、日夜勤服務者二名、六輪番服務者六名、三輪番服務者三名が組み合わされて二四時間の勤務体制がとられていたが、具体的な勤務の割り振りは、倉木課長が四週間単位で作成する勤務割表を作成していた。

3  五月一九日の電報課の人員配置

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 五月八日、倉木課長は、五月一四日から六月一〇日までの期間の勤務割表を作成し、電報課の職員に周知させるためこれを事務室に備え付けた。この勤務割表によると、五月一九日(金曜日)の日勤の時間帯に勤務する予定者は、運用係長、原告横沢を含む職員四名及び見習社員二名の七名であってほかに臨時雇い(アルバイト)一名が配達要員として勤務を予定していた。このうち、見習社員は、四月一日に採用され、同月四日から五月四日までの間の東京電気通信学園での教育を受け終わって間がなく、なお局内における訓練期間中であって、通常の業務に従事することはできなかった。

(2) したがって、勤務割のうえでは、五月一九日に着信電報配達のための業務に従事しうる人員は臨時雇いをいれると五名であって、原告横沢が年休を取得してもなお最低必要人員は確保されるかの如くであるが、例年四、五月は、慶祝電報を中心として配達を要する着信電報の多い繁忙期であるとされていることと、臨時雇いは配達業務に習熟していないため主としては公共機関等著明て配達先への電報の配達を分担するのみであることから、臨時雇いを除いてなお少なくとも四名の配置が必要と考えられていた。

(二) なお、原告横沢は、配達を要すべき電報は、慶弔電報が大部分であって、それらは一括配達されるから、配達通数が増えても、配達業務が著しく繁忙となるわけではなく、四、五月が繁忙期とはいえない旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、例年四、五月は、着信電報の通数の最も多い時期というわけではないが、一、二月あるいは七ないし九月に比べるといささか多いこと、配達を要すべき電報は、慶弔電報が大部分であって、それらは一括配達されることが多いこと、しかし、慶弔電報であっても、一通しか着信しないものや時間をおいて着信するため個別配達が必要となるものもあり、配達通数と配達回数は正比例することはないとしても、配達通数が増えると配達回数も増え、着信数の多い時期には配達業務も繁忙化するものと認められるから、四、五月は繁忙期といえなくはなく、原告横沢の右主張は採用しない。

また、《証拠省略》には、臨時雇いも通常の配達員と区別なく区域内全域の配達に従事していたとの部分があるが、《証拠省略》に照らし、採用しない。他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  勤務割変更等の配慮

(一) 勤務割による勤務体制がとられている職場において、ある労働者が年休を取得すれば最低配置人員を欠くことになる日に年休の時季指定を行った場合、必要配置人員を欠くことになるという事情は「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるかどうかを判断するための重要な要素ではあるが、右事情があるというのみで直ちに「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たり、使用者は時季変更権を行使できると解すべきではない。すなわち、労働基準法の趣旨は、使用者に対し、できるだけ労働者が指定した時季に休暇をとることができるよう状況に応じた配慮をすることを要請しているから、右のような場合において、使用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが客観的に可能な状況にあるときは、そのような配慮を要請されており、使用者がかかる配慮をしないことにより代替勤務者が配置されないときは、必要配置人員を欠くものとして事業の正常な運営を妨げられる場合には当たらないと解するのが相当である(最高裁昭和六二年七月一〇日判決 民集四一巻五号一二二九頁参照)。

(二) そこで本件において、公社が通常の配慮をなすことによって五月一九日に原告横沢の代替勤務者を確保することが客観的に可能な状況になかったか否かについて検討する。

《証拠省略》によると、次の各事実を認めることができる。

(1) 公社においては、業務上の必要性のある場合の勤務割の変更は、全電通との労働協約によって、勤務の前日又は当日に勤務割を変更するには本人の同意を要するという制約があることを除くと、公社において自由になしうることになっており、原告横沢が、年休の時季指定を行った五月九日の時点では、五月一九日の後には日勤につき最低必要人員以上の配置のある日も何日かあった(例えば、五月二一日、二二日、二四日)のであるから、五月一九日の週休者に同日の勤務を命じ、その週休者の勤務割を変更して原告横沢が五月一九日に年休を取得しても同日の最低配置人員に欠けることがないようにすることは制度上は不可能ではなかった。

(2) 最低要員配置日においても、年休の時季指定がされることはあり(五月一四日から六月一〇日の間においても、本件の時季指定以外に二回の年休の時季指定がされている。)、そのような場合には、倉木課長は、年休を必要とする事情を聴いたうえで、当該理由がやむをえないものと認めたときには、勤務割を変更して時季変更権を行使しないという取扱いをしてきた。右の五月一四日から六月一〇日までの最低要員配置日にされた本件の時季指定以外の年休の時季指定については、専門部のセミナーを受講するとか郷里の両親が上京するとの理由が示されたので、倉木課長はやむをえないものとして、勤務割を変更される者の同意を得たうえで勤務割を変更して時季変更権を行使しなかった。もっとも、倉木課長は、本人の同意なしに勤務割変更をしたことはなく、職場管理上からもそのようなことをすべきではないと考えていた。

(3) 原告横沢は、五月一九日に年休を取得することが必要な理由を明らかにしなかった。それで、倉木課長は、勤務割変更に応じるか否かを他の職員に打診してみることもしなかった。

(4) 新たに作成された勤務割が電報課の職員に周知されるには、勤務割表が電報事務室に備え付けられてから二、三日を要し、したがって、原告横沢が本件年休の時季指定をしたとき(勤務割表が備え付けられた日の翌日)には、いまだその勤務割表を見ていない職員のいる可能性もあった。

(三) 以上の事実をもとに検討する。

中山局電報課は、週休者の勤務割が変更されることはないとの慣行が確立していた職場とはいえず(むしろ、四週間の間に二回も週休者の勤務割が変更されているのであるから、比較的週休者の勤務割変更が行われることの多い職場であったと推認できる。)、五月一四日から六月一〇日までの期間の勤務割表はいまだ電報課の職員に周知されていたとはいえなかったのであるから、原告横沢の年休の時季指定にかかる五月一九日が特別の日ではなく、通常の金曜日であることとも併せ、その日を週休と定められた者もまだ当日の予定を立てていない可能性が高いと考えられることからすると、同日の週休予定者に勤務割変更を打診しさえすれば、自発的にこれに応ずる者がいた可能性もあると考えられる。また、原告横沢が年休の時季指定を行ったのが五月一九日の一〇日も前であるから、同日の週休予定者に勤務割変更に応ずるか否かを打診する時間的ゆとりは十分にあり、勤務割を一方的に変更したり、勤務割の変更に同意するよう説得ないし依頼したりする場合とは異なり、単にそのような打診を行うという程度のことが職場管理上不都合であるとする事情は見当たらない。その他そのような打診を倉木課長が行うことが困難であることを窺わせる事情は見当たらない。そして、右(一)の労働基準法の趣旨からすると、右のような打診を行うことは、使用者のなすべき通常の配慮ということができる。これらのことを併せ考慮すると、通常の配慮によっては勤務割を変更して代替勤務者を配置することが客観的に可能でなかったとまではいえない。

なお、右認定のとおり、倉木課長は、従前最低要員配置の日に年休を取得しようとする者がいた場合、年休を必要とする理由がやむをえないと認めた場合にのみ、週休予定者に勤務割変更を打診しており、本件の場合は、原告横沢が年休を必要とする理由を明らかにしなかったため右打診を行っていないのであるが、勤務割変更に同意するよう説得したり依頼する場合とは異なり、年休を取得する理由が明らかでないことは、勤務割変更に同意するか否かを単に打診することの妨げとなるものではないから、原告横沢が右理由を明らかにしなかったからといって右打診を行うという程度のことを行わなくてもよいということにはならない。もともと年休をなにに利用するかは労働者の自由であって、時季指定の際年休の利用目的を明らかにすることも必要ではないから、年休を必要とする理由を明らかにしないので、右程度の配慮も行わないというのは、労働者に年休を取得する理由を明らかにすることを事実上強制することになり、その意味からも妥当ではない。

5  以上のとおり、公社は、通常の配慮をすることにより原告横沢の代替勤務者を配置しうる可能性はあったのに、これをしなかったため原告横沢の代替勤務者を配置し得なかったということができるから、五月一九日に原告横沢が年休を取得すれば電報課の必要配置人員を欠くことになって事業の正常な運営を妨げるおそれがあったものとはいえない。したがって、原告横沢の本件年休の時季指定に対しされた時季変更の行使は、その要件を欠き無効なものである。

二  結論

よって、原告横沢については、昭和五三年五月一九日は有給休暇が成立するから、原告横沢が同日欠務したことは、なんら懲戒処分の理由となるものではないし、また同原告は同日分の賃金請求権を有しているというべきであるところ、被告がこれを原告横沢に支払っていないことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると同日分の賃金は四五九九円であることが認められるから、被告は、右賃金(及びこれに対する前出昭和五三年八月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)の支払義務を負うと共に、労働基準法一一四条に基づきこれと同額の附加金の支払義務を負う。

第五結論

以上の次第で、原告及川及び原告横沢の各本訴請求は理由があるから認容し、原告鏡の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言はこれを付する必要はないと認めその申立を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 水上敏 田村眞)

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